

21世紀を迎え、世界は資本主義の恩恵を受け、ますます富める人々と、その反作用で望んでも最低限の生活へ届かない人々の2極化が進んできています。大きな歪みを抱え始めた世界の流れの中で、小さな私たちに何が出来るだろうか?私たちが音楽に興味を持ったのと同じ感受性が、そのことを感じてしまっているのに、じっとしていられるだろうか?それに目をつぶりながら自分だけの幸せを喜ぶことができるだろうか?
家庭の中に自然に楽器があり、それを自由に演奏している親がいる。その音を聞いた子が自分なりの答えを、その子にしか出せない音で返す。不器用でいいのです。不器用な音のほうがいいのかもしれません。きっとその子は笑っているはずだからです。もしかしたら、そこには言葉以上のコミュニケーションが生まれているかもしれないからです。世界中の親子がそんなふうに会話することが私たちの夢です。
単語をあまり知らないからといって、人は話すことをやめるでしょうか。上手く字が書けないからといって、私たちは話すことをやめるでしょうか。「知識や技術が無いから」といって音楽を諦めることはありません。話すのと同じように、音を出すことから始めればいいのです。なぜなら、その音には必ず誰かの返事が返ってくるからです。シンプルに、わかる言葉でいいのです。大切なのは相手に気持ちが伝わるかどうか。音楽、楽器は一人ぼっちのものではありません。音楽には空気があって、相手がいる。私たちはその「世界で使える言葉」を伝えるために始めます。
嬉しいとき、悲しいとき、何かを人に伝えたいとき、まわりに誰もいなかったらどうしますか?その感情が心の深い場所にしまい込まれそうになったときこそ、楽器を持つときだと私たちは考えます。それは、ギターだったり ピアノだったり人それぞれです。サックスやドラムやベースかもしれません。言葉で伝えきれない何かを、手探りしながら音楽の中に求める行動が、自分自身を深く知り、喜びを倍増させ、悲しみは半分にしてくれるとても簡単な方法です。目で鏡に映った自分の姿を見ると、その日の気分、体調、充実感、色んなことがわかるように、耳で楽器に映った自分の音を聞いてみてください。昨日でも明日でもない、今日の自分は、きれいである必要も、かっこいい必要もありません。演奏は、自分の音であればいいということを、あなたはあなたらしくあればよいということを伝えるために私たちは始めます。
我々が経済活動の中で、効率の極限や規模の大きさを追い求めるとき、ときとして人間らしさを忘れることがあります。物質的に豊かになる中で失われがちな、体温、空気、人間を感じる心、大げさな言葉で言えば「芸術」を、最もわかりやすく、最低限の知識で伝えるための学校としてここにBoston School of Music™を設立します。個人単位でなく、家族単位でこの学校から新しいコミュニケーションの方法を学んでいただけるよう、我々は最大限の努力をしてまいります。
Standard Theory®:Boston School of Music™が開発した、初心者にとっても上級者にとっても原点であり目標となる実際の演奏に必要な最小限の音楽理論
Boston School of Music™
設立委員会